夢現の輪郭: 眠り薬の少女と不登校の少年

Drama 14 to 20 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

空は鉛色に染まり、雨が窓ガラスを叩きつける。部屋の隅で丸くなっているのは、不登校になってから数ヶ月が経つ、中学3年生の健太だった。
今日もまた、ベッドから起き上がることができなかった。 睡眠薬の空き瓶が転がる床を見つめ、彼は深くため息をつく。
毎晩のように繰り返される睡眠薬オーバードーズ。 逃げるように眠りにつく日々。 現実から目を背け続けた代償は、想像もしていなかった形で訪れる。
その日、健太が目を覚ますと、見慣れない風景が目に飛び込んできた。 いや、部屋自体は変わらない。 変わったのは、自分の目の前にいる少女だった。
黒縁メガネをかけ、制服を着たその少女は、困惑した表情で健太を見つめていた。「え…? 健太? なんで私がこんな姿に…!?」
混乱する健太に、少女は捲し立てるように語り始めた。「もしかして、信じられないかもしれないけど…私、君がいつも飲んでる睡眠薬だよ!」
信じられるはずもない。 健太は少女を夢か幻覚だと決めつけた。しかし、少女は自分の名前——擬人化された睡眠薬としての名前を名乗り、薬としての知識や、健太が睡眠薬を乱用していることへの不満を次々と口にした。
「いつもいつも、眠るためだけに私をオーバードーズして! 私だって、もっと役に立ちたいのに! 苦しいんだよ!」
最初は戸惑っていた健太も、次第に少女——擬人化された睡眠薬である「ネム」を受け入れざるを得なくなった。 ネムは、健太の傍に寄り添い、彼の苦悩を聞き、慰めようとした。
ネムは、自分が睡眠薬として生まれた理由、多くの人々を安眠へと導いた過去を語った。 しかし、同時に、依存症患者を生み出してしまうという罪悪感にも苛まれていた。
「私は、みんなを助けたいだけだった。 でも、依存を生んでしまう。 私の存在は、本当に正しいんだろうか…」
健太は、ネムの言葉に心を揺さぶられた。 自分もまた、ネムに依存してしまっている。 現実から逃避するために、睡眠薬に頼り切っていた。
ネムの擬人化された姿を通して、健太は初めて、睡眠薬という薬の二面性を認識したのだ。
二人の奇妙な共同生活が始まった。 ネムは、健太に学校へ行くように、外の世界と触れ合うようにと、促した。 しかし、不登校になってしまった健太にとって、それは容易なことではなかった。
それでもネムは、諦めなかった。 毎日、健太の傍で励まし続け、一緒に本を読んだり、ゲームをしたり、他愛もない話をして過ごした。
やがて、健太の心に変化が訪れる。 ネムとの触れ合いを通して、閉ざされていた心が少しずつ開かれていったのだ。
ある日、ネムは、健太に自分の過去を見せた。 それは、ネムがまだ薬としての形をとっていた頃の記憶。 多くの人々に必要とされ、感謝されていた時代の記憶だった。
しかし、同時に、睡眠薬オーバードーズし、命を落とした人々の姿も目の当たりにした。 ネムは、自らの存在意義について、再び苦悩し始める。
「私は、やっぱり、人々に不幸をもたらしてしまう存在なのかな…?」
健太は、ネムを抱きしめ、言った。「違うよ、ネム。 君は、僕を救ってくれた。 君がいなければ、僕は今も、暗闇の中で彷徨っていたと思う。」
健太は、自分の過去を語り始めた。 学校でのいじめ、両親との確執、そして、孤独。 彼は、睡眠薬を飲むことで、一時的に苦痛から逃れていた。
しかし、それは根本的な解決にはならず、依存だけが残った。 ネムと出会い、初めて、誰かに自分の気持ちを打ち明けることができた。
互いの過去を知り、二人の距離はさらに縮まった。 それは、友情とも恋愛とも言い難い、特別な感情だった。
ある日、ネムは、健太に真剣な表情で告げた。「健太、私は、そろそろ元の薬に戻らないといけない。」
健太は、ネムの言葉に愕然とした。 ネムがいなくなってしまう。 そう思うと、胸が締め付けられるように苦しかった。
「嫌だ…! ネムがいなくなったら、僕はまた、一人ぼっちになってしまう…!」
ネムは、健太の手を取り、優しく微笑んだ。「大丈夫。 私は、いつでも健太の心の中にいる。 そして、君はもう、一人じゃない。」
ネムは、続ける。「依存しているのは、薬じゃなくて、私の方だったみたい。 健太が立ち直る姿を見ていたかった。でも、私がこの姿のままだと、健太はいつまでも私に頼ってしまう。」
ネムは、さらに言った。「薬を引退して、もし生まれ変われるなら、健太の子供に生まれ変わろうかな…。なんてね。 その前に、私よりいい彼女を見つけないとね…。」
「最後に一つだけお願いがある。 学校、一回は行ってよ。 自分の足で、外の世界を見て欲しい。」
ネムの身体が、光に包まれた。 徐々に光は強くなり、やがて、ネムの姿は消え去った。
健太は、一人、部屋に取り残された。 しかし、彼の心は、以前とは全く違っていた。 ネムとの出会いを通して、彼は、未来へと進む勇気を得たのだ。
数日後、健太は、意を決して学校へ向かった。 不安と緊張で足が震えたが、ネムの言葉を胸に、一歩ずつ前へ進んだ。
教室のドアを開けると、クラスメイトたちの視線が自分に注がれた。 しかし、以前のような冷たい視線は感じられなかった。
健太は、勇気を出して、挨拶をした。「おはよう…。」
クラスメイトの一人が、笑顔で答えた。「おはよう、健太! よく来たね!」
健太は、自分が変わったことを実感した。 ネムとの出会いは、彼に、かけがえのない宝物をもたらしたのだ。
放課後、健太は、ネムと出会った場所——睡眠薬の空き瓶が転がっていた部屋に戻った。 彼は、睡眠薬を全て捨て、新しい一歩を踏み出すことを決意した。
空には、美しい夕焼けが広がっていた。 健太は、空を見上げ、ネムに感謝の言葉を贈った。「ありがとう、ネム。 君のおかげで、僕は変わることができた。」
そして、彼は、小さく呟いた。「いつか、きっと、君の分まで、幸せになるから。」